死に向き合うこと

父が亡くなった。

破天荒な性格で、バブル期の土建屋を絵に描いたような風貌だった。紫色の服を着て、サングラスをかけて、プレジデントに乗っている父をどうにも好きになれなかった。部活に応援に来てもらった時も嫌で嫌で仕方がなかった。自分がレギュラーを取れずにいた姿を父に見せたくなかった。同情とかやさしい言葉とかいらなかった。物心ついた時には、父の破天荒さを母から嫌という程聞かされていた。あんな人になるな、そんな言葉が深く残っていたのかもしれない。どう父と接して良いか分からない時期がずいぶんと続いた。
父が会社をたたんでから、その経済的な煽りを大学の頃に受けた。今となっては良い経験だと思えるけど、当時はその感情を消化するのに随分と時間がかかった。
二十代後半になってようやく許せた、と思う。そもそも許すという言葉が適切ではないのだろうが、ようやく会話が出来るようになった。
父とは親子のような関係を築くんことが出来なかったと思う。一緒に飲みに行ったこともないし、何時間も話し込んだこともない。どう感じていたのだろう。
胃の摘出をするので入院した時に、見舞いにいった。父は見る影もなく痩せていた。父は泣いていた。見舞いに来たのが嬉しかったのと、情けない姿を見せている自分が悔しかったのだと思う。
しばらくして、転移が確認された。年内は持たない。告知は兄と相談してしないことにした。
お腹が痛いからどうにかならないか、味がするものが食べたい、父は生きようとしていたと感じた。
旅行に行く計画を立てた。生まれた地、長崎に連れて行こうと。
父に断られた。行きたくない。もう十分だと、言っていた。何故かはわからない。けど、きっと自分が弱いところを見せたくなかったのだろうと今では思っている。
危篤の報せを受けた時、心が震えた。自分でも驚いたが、酷く動揺した。駆けつけた時には、意識は無かった。昏睡状態でいつ亡くなってもおかしくないといわれた。
父に何をしてあげただろう。父ともっと話したかった。笑い合いたかった。仕事の話とか、もっと学びたかった。
酒とタバコを買って行こう。しばらく飲んでなかっただろうから。


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by morita79 | 2018-07-14 17:01 | 考えたこと